11月7日 vol.0011:配信
「連載:部長インタビュー」
(毎週火・水・木配信)
第1話_井上 陽児 部長

先代の魅力に引き込まれて

30歳を迎えようとしていた時、結婚をしたこともあり、妻の地元である栃木で仕事を探しはじめた。前職はアパレル業界。転職を決めたのは、頻繁に転勤が多かったから。

お店をやりたくてアパレルで仕事をしていた。物を売るのは面白く、前職でも自信を持ってモノを売っていた。もっと価値あるモノを売りたい・・・その願いが通じたのか、出会ったのは栃木レザー。

ちょうど、栃木皮革から栃木レザーに変わり半年経った頃。社内の雰囲気は沈滞していたように見えたが、それを超えるほど、革のすばらしさに魅了された。そして、何と言っても、先代の人柄に一瞬で引き込まれた。

「いつから来る?」
「すぐにでもお願いします」

先代は、誰にも気さくに話しかける人。入社して初めて食事に連れて行ってもらった時、店の客と親しげに話しているのを見て、「知り合いですか?」と聞くと、「今、初めて会ったよ」と、返ってくる。相手の懐にすっと入るのが上手かった。緩めるところと、締めるところのメリハリのつけ方も絶妙。

そんな先代に心引かれたのは、きっと、自分自身がそこで苦労してきたから。どうしたら、人は心を開いてくれるのか・・・自分のたるべき仕事は、職人さんを深く理解すること。現場の伴奏者になりたい、そう思った。

11月8日 vol.0012:配信
「連載:部長インタビュー」
(毎週火・水・木配信)
第2話_井上 陽児 部長

スーツ姿で現場に・・・

職人さんは、気難しいというイメージを、誰もが持っている。栃木レザーの現場は、日本に数社しかない伝統と技が繰り広げられている。その凄さが、余計に何も知らない自分との距離を遠ざけた。

アパレルにいたころから、人との関わり合いを大切にしてきた。いろんな店舗に行かされ、ベテランの人から新人まで多種多様なスタッフさんに出会う。それぞれ思いも、経験も違う。なかでもベテランの人たちに心を開いてもらうこと。それが一番、難しかった。

そんな経験を踏まえ、工場長のサポートをさせてもらうことになった。早速、現場に向かい挨拶をすると、口数の少ない工場長で、「最初は、椅子に座ってていいよ」と言われてしまう。それは当然だ。革のことも何も知らないのに威勢良く「サポートさせてください」と言われても、「じゃ、これをお願い」と言える簡単な世界ではない。

言われた通り、椅子に腰掛けた。なめしに関する本を見つけて、それを熟読する毎日。

「どうしたら現場に足を踏み入れさせてくれるのだろう・・・」

ふと鏡に目をやると、スーツ姿の自分が映っていた。そんな格好で現場に来て、受け入れてもらえるわけがない。作業着に着替えて一呼吸!「革のことを勉強したい。手伝わせてもらえませんか」と、ダメ元で工場長に懇願。「うん、まぁ、やってみるか」と、ようやく許可をもうことができた。

11月9日 vol.0013:配信
「連載:部長インタビュー」
(毎週火・水・木配信)
第3話_井上 陽児 部長

自分を知ってもらう

作業着を身にまとい、いざ現場へ。工程毎の課長さんに「何かできること、ありませんか」と聞いてまわると、「じゃ、ここやってみるか」と、徐々に受け入れてもらえるようになった。染色のスプレーをしているところで革を持ったり、革を運ぶ時の手伝いとか、とにかく、自分にできることから始めた。

革づくりの現場は、場所によって50度近くの暑さだったり、逆に刺すような寒さだったりする。そんな過酷な環境のなかで、一生懸命ものづくりしている職人さんがいるからこそ、栃木レザーの革が存在する。そのことを、目の当たりにする日々を過ごした。

忘れられないのは、名前と顔を覚えてもらい、少しづつ、関係性ができあがっていったある時、「ありがとう。また、頼むな」と初めて職人さんから声をかけてもらえたこと。自分の存在を認められたようで、嬉しかった。職人さん一人ひとりと接すると、会社のことを考えてくれていることが伝わってくる。気難しい印象があるのは、伝統と誇りを守るためなのかも知れない。

「どうしたら、職人さんに心を開いてもらえるか」と考えていたけど、相手に開いてもらうのではなく、自分が心を開くことが大切だった。「この人のことは信頼できる」「この人になら何でも話せる」。こうした信頼関係を築くには、自分のことを知ってもらうことからはじまる。現場を通じて、そんなことを学んでいった。

11月14日 Vol.014:配信
連載:部長インタビュー
(毎週火・水・木配信)
第4話_井上 陽児 部長

内と外をつなぐトランスレーター

現場の手伝いをしながら、お客さんとのやりとり、在庫管理、薬品の発注、納期遅れの連絡、そして買い付けの手伝いなど、様々な仕事を務めた。

先代は肌感覚の人。社内も大雑把なルールの中で進められていたが、産業再生機構の厳しい指導で大部分が見直されていく。私は、先代から振られる無理難題をいかに現場に伝えてやってもらうか・・・これが、役割だった。

課ごとにうまくいかないことがあれば、入り込んで話を聞かせてもらい、解決の方向に持っていったり。一昔前は、現場ごとで分断されていた部分もあったので、そこをつなげられないかなと働きかけたり。

記憶を辿ると、毎日が挫折だった。先代にはよく叱られた。困難な仕事ばかりが回ってくるので、「それ無理です」と反発すると、「仕事を選ぶのか」と言われる。ぐっとこらえるけど、「おまえならできる」と優しい言葉をかけられつい、泣いてしまう。人心掌握術に長けた先代だった。でも、そうやって「がんばらなくちゃ」と困難な仕事をクリアしてきた。

大変な状況が続いたけど、みな、先代がいるから大丈夫という安心感を持っていた。ものづくりへの誇もあったし、どこにも負けないと。いつか認めてもらえると。

栃木レザーが再生できたのは、ハシモト産業の存在が大きい。うちの革を世界にどうやって知ってもらうか。タグを作ったり、ブランド化しながら認知度を上げていった。ようやく認められ、今につながっている。

(第5話は15日水曜日に配信)

11月15日 Vol.015:配信
連載:部長インタビュー
(毎週火・水・木配信)
第5話_井上 陽児 部長

お客さんと現場をつなぐトランスレーター

先代の革に対する知識は、広くて深かった。その影響もあって、革については随分と勉強させてもらった。外からの問い合わせを受けるのも自分で、質問のたびに、現場に走っては教えてもらい、それを頭のなかで消化して回答してきた。

栃木レザーは、革にある治り傷を牛の生命の証としてそのままいかしている。天然皮革の良さ、タンニン鞣しの味わいであるが、ときに格外品と扱われることもある。

「牛が可愛そうだ」と、動物愛護の人から電話を受けたこともあった。家畜の皮で、牛肉の生産で残る副産物を使用していることを説明し、理解してもらった。でも、皮を採るために牛を殺していると勘違いされている人はいるだろう。

栃木レザーの一人ひとりが、誰に何を言われても、自分たちの革づくりを、堂々と言えるようにもっていきたい。個性のあるものを提供しているのだから、ものづくりの想いものせて、製品を届けられるようにしたい。お客さんとやりとりをしていると、そんなことを感じる。

お客さんとのコミュニケーション、現場とのコミュニケーション、これを大事にしろと先代に言われてきた。だから、自分は、様々な場所をつなぐトランスレーター(通訳)になり、言葉でつないでいきたい。そう、思っている。

11月16日 Vol.016:配信
連載:部長インタビュー
(毎週火・水・木配信)
第6話_井上 陽児 部長

心臓部を止めるな!

病床にある先代から、久しぶりに電話がかかってきた。

「お前、優先順位を間違えるなよ」

先代は、自分に何を伝えたかったのか・・・
2年ほど前、排水と設備関連の部署を引き継いだ。革を「つくる」から、会社を、工場を「守る」守備側に。大事なことは、24時稼働している排水を止めないこと。これが止まると、会社が止まってしまう。ここは、栃木レザーと社会環境を結ぶ心臓部なのである。

排水場には、いろんなものが流れてくる。タンニンのエキス、脱毛する石灰、原皮を洗った油、虫、染色水など。月に800トンくらいの排水が流れるのだが、その水量に対し設備が小さい。 汚水は微生物に食べさせてフン(汚泥)にし、フンは沈め上澄みを川に流すやり方だ。自然のサイクルだが、濃度の管理と排水量の調整が非常にシビアだ。

うちは一般よりはるかに濃度が濃く、排水量も多い。処理量が多いとたくさんフンが沈殿するので、設備に負担がかかる。バランスが崩れないよう神経をそそぐことが、一番、難しい。

守備はお金を産まず、お金がかかる。メンテの必要性を皆に理解してもらうのは簡単ではない。「厄介なことこそ優先順位が高いもの。嫌なことに蓋をせずちゃんと向きあえよ」。先代は、そのことを自分に伝えたかったのだろう。


そんな先代がこの世を去り、どうなるのか、皆、不安な思いの中にいた。栃木レザーの伝統、先代の後を引き継いだ遅澤社長には、自分たちには計り知れないほどの重圧があったと思う。あれから2年、そんな姿を一切、見せず、常に冷静にものごとを判断してくれる。

だから、我々はしっかりついていく。それが栃木レザーの姿だから。